ゆるがしこい節約メディア「ゆるぢえさん」

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タイトル

「ぼろ」とは悪いことだろうか?

 

「ぼろ」とは簡単に作りあげられるものではない。お金がなくとも節約して自分で直しつづけることで、あるいは放ったらかしにしつづけることで、何年もかけて醸成されるのだ。

「ぼろい」店を訪れることで、お金をかけて見た目を取りつくろうことなんかよりも大切なことがわかる。「ぼろ」の中には輝くものが見える。だからこそ、「ぼろ」を追いかける。「ぼろ」は、ロマンなのだ。

 

 

岡山で83年続くぼろ食堂

 

夕暮れどき、岡山の西片上にたどり着いた。この辺りは住宅地といった感じだ。地域住民が使うのであろう薬局やスーパーの光が、静かな町並みを照らす。

どの家のからだろう、晩御飯を作る良い匂いがふわふわと香ってくる。ああ、お腹が空いた。

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今日のディナーは、昔からこの地で営業を続けている食堂にしようと決めていた。

icon_kanehara「うん…いいぞ…ぼろいぞ…」

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▲ボロロ〜〜ン

icon_kanehara「ここが…『銀河食堂』

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▲ボロロ〜〜〜〜〜〜〜ン

のれんは新しめだが、営業中という文字は消えかけである。サンルーフはビリビリに破れていて、もはやひっかかっているだけと言える。「銀河食堂」という名前も、かろうじて確認できるぐらいだ。

もう4回目の連載だけれども、全国にはまだまだ「ぼろ」が存在している。

 

中に入ると、店主らしき人がいた。チラとこちらを見て厨房へと引っ込んでいく。あまり愛想はないが、ひょうきんな顔をしている。

 

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▲末廣静雄さん(67歳)

外観から期待していたとおり、その店内はかなり年季が入っている。

暗めの店内。黄ばんだ壁。渋い赤い椅子は少し油っぽい。

隠しきれない物置スペースが、視界の隅に入ってくる。

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そこかしらから、経年劣化による「気怠さ」を感じずにいられなかった。

 

とりあえずお冷を飲もうと思って、古い給水器に近づき横に置いてあったコップで押してみた。だが…おかしい。水が出ない。

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icon_suehiro「水、出ないよ。だいぶ前に壊れたの」

icon_kanehara「わあ」

icon_suehiro「水持ってくからちょっと待ってて。その間にメニュー考えといて」

 

みそ汁90

うどん400

焼きめし500

おまかせ定食650

焼肉定食650 

まるで焦げたような、茶に変色したメニューを眺める。

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銀河定食600

ふと、ホワイトボードに書かれた「銀河定食」というのが目に止まった。店の屋号の看板メニューだ、外れということはあるまい。これを注文してみよう。

 

icon_kanehara「銀河定食ください」

icon_suehiro「ごめん今ないんだわ

icon_kanehara「わぁそうなんだ。じゃあ焼肉定食で」

icon_suehiro今ないんだわ

icon_kanehara「わぁ〜」

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▲売り切れなのか平常運転なのか、おかず用商品棚は空っぽである

icon_suehiro「もう適当に作っていい?」

icon_kanehara「はぁ」

icon_suehiro「じゃ、おしつけ定食ひとつね」

icon_kaneharaおしつけ定食…」

 

メニューを考える必要はあったのだろうか、とか。おしつけ定食ってなんだ、とか。いろいろ戸惑っている間にその「おしつけ定食」とやらが運ばれてきた。

icon_kanehara「いただきます」

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…おしつけられた割には、とても美味しい。

ホタルイカのは噛むと旨味が口の中に広がるし、ナスと肉を炒めたのもご飯と良く合う。浅漬けはさっぱりとしていて口直しにぴったりだ。

がつがつがつと口に運んで、最後にぐーっと熱い味噌汁で流しこむと、空いていた胃がほっと熱くなるのが分かった。

 

一息ついて見回す。それにしてもまるで平成の今と思えない、昭和で時が止まったような店内である。

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icon_kanehara「大将、ここってどれくらい前からやってるんですか?」

icon_suehiro昭和8年くらいかな。話せば長くなるけど、聞く?」

 

そう言って大将は椅子にドカっと座って、タバコに火をつけた。

話し出したそれは、まるで流星のように過ぎていった、銀河食堂の83年の物語だった。

 

 

鉱業鉄道駅前食堂としての銀河食堂

 

icon_suehiro「やってるワシがあまりよく分かっとらんのだけど、この銀河食堂は今で3代目みたい。ワシの前に叔父さん夫婦がやってたけど子供がいないもんで、じゃあワシが世話したるわって。30歳過ぎからここで働いて、もう30年くらい続けてる」

icon_suehiro「途中でその叔父さん叔母さんは死んじまって、今はワシ一人。まぁ企業努力してないね。普通は行列が出来るくらい、やらないといけないんだけどね」

 

icon_suehiro「いいもの見せてあげる。この石、キラキラしてて重たいやろ。なにと思う??」

icon_kanehara「隕石かなんかですか?」

icon_suehiro「ちがう」

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icon_suehiro「これはな、硫化鉄鉱と言って。これから硫酸が取れるってので、明治大正の頃に需要が高まったんだな。ここからちょっと行った山に、この石が沢山採れるとこがあった」

icon_suehiro「石炭の坑道だったら、落盤しないように木枠を作るだろう。それがこの硫化鉄鉱だったら、硬いから枠をせんでよくて掘りやすいらしい。世界で有数の産地になったみたいで、すっごい儲けてたそうだよ」

icon_kanehara「へ〜。それと銀河食堂って何か関係あるんですか?」

 

不思議な輝きを持つ石をいじりながら聞き返した。

 

icon_suehiro「おおありだよ。その鉱山から片上港に石を運ぶために、片上鉄道っていうのが作られたんだよ。で、その鉄道の始駅・片上駅があったのがこの銀河食堂の目の前。この食堂は駅前食堂だったんだよ」

icon_kanehara「え、ここ、駅前だったんですか。今じゃ全然わからないですね」

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▲店内に貼られた片上鉄道の写真

スクリーンショット 2016-09-07 23.07.18
▲今では駅前のロータリーが残るくらいである

icon_suehiro「昔は本当に栄えてた。昼は郵便局員とか鉄道員とかが毎日来る。あとすぐ近くに映画館があって、夜は映画終わりの客で賑わう。今だから言えるけど、鉄道員のご飯は皆ツケにしてたりな。昔は信頼関係があってそういうのが普通にあったなぁ」

icon_kanehara「そんな時代があったんですね」

icon_suehiro「最近じゃもう近所の人しか来ないけどな。みんな好き勝手だべりにくるだけ」

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岡山県久米郡柵原町(現美咲町)の柵原駅から、備前市の片上駅までを結んでいた片山鉄道線。大正の頃に誕生したそれは、時代の流れを受け平成3年にその役割を終えた。

今その廃線跡は整備され、「片鉄ロマン街道」と呼ばれるサイクリングロードとして親しまれている。

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▲赤線部が廃線跡となっている

icon_suehiro「まだ少し時代は遡って、勿論ワシは生まれてないんだけど、戦争の時は寄合所にもなったみたい」

icon_kanehara「寄合所…」

icon_suehiro千人針っていう、今でいう願掛けみたいなのを女の人が集まってやったりして。で、召集令状が来た人の送迎パーティを2階でやってたんだって。そのあと目の前の片上駅で、出征していく人を皆で見送りする」

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icon_suehiro「こないだも、ここから戦争に行ったっていう爺さんが来てな。『今度会うときは靖国神社で』って、死ぬつもりで電車に乗ったんだけど、生きて帰ってきちゃった〜って、言ってたよ」

icon_kanehara「そっか…色んな人の、色んな想いが詰まった場所なんでしょうね」

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▲その頃のままの建物

 

元キャバレーとしての銀河食堂

 

icon_suehiro「でもな、ここはそれだけじゃないんだ。時代はまた、もう少し昔に遡る」

icon_kanehara「え、まだ何かあるんですか?」

icon_suehiro「この銀河食堂は、食堂する前に別の形態の店をしていた。ほらこの写真」

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icon_kanehara「古い写真ですね。あれ? ミス・キンカ? CABARET…キャバレーって書いてる!」

icon_suehiro「そう。戦前ここはキャバレーだったらしい。この写真には昭和6年って書いてあるけど、昭和8年に出来たと聞いてるから間違いだと思う」

icon_suehiro「キャバレーって知ってる? 綺麗なお姉ちゃんが沢山おってな。お客さんの横に座って、お酒や珈琲を淹れてあげるのよ。当時その女の人達は、2階で寝泊まりしながらここで働いててな。その頃は、女の人たちの給料はゼロだったらしいけど」

icon_kanehara「えー、じゃあどうやって生活していたんですか?」

icon_suehiro「女の人はみんな、客から貰うチップで暮らしてた。まあ、そういう時代だったんだよ」

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よく見れば、店内の構造は少し普通の食堂のそれとは違うようになっている。角が丸くなった窓も、今は使われていないドリンクカウンターのようなスペースも、当時の名残のようだ。

 

icon_suehiro「なんか直木賞とった偉い小説家が、キャバレー時代のここを書いたこともあるらしいよ」

icon_kanehara「えー!すごい!」

 

後々調べてみると、その直木賞作家は藤原審爾(ふじわらしんじ 大正10年- 昭和59年)という人物のようだった。数々の傑作小説を生んだ彼は、自伝的作品として『愛の夜 孤独の夜』という本を出版した。

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私もここを訪れてからそれを読んだ。「銀星」という名前で本文中に登場している。若き日の藤原氏と「住子」という女給の、親子のような恋愛のような交流が心情豊かに書かれている。この小説に書かれている年齢が本当なら、昭和10年くらいのことだろうか。

 

『そのカフェは、二階建てのしもた家を改造したもので、階下は十坪ほどの店と壁ひとつ奥の八畳の女給部屋と調理場になっていました。十坪あまりの店には、壁ぎわに七つばかりのボックスがあり、店の真ん中へ大きな造花の桜の樹が枝を四方へひろげていて、花見の席といった感じに作ってあります。

〜中略〜

もう桜の花が散った頃でしたが、店のなかはそんな満開で、紅い灯がともり、そのうえ、咲いた咲いた、パット咲いたという流行歌がすごいボリュームでなりひびいていました』(愛の夜 孤独の夜より)

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窓ごしに、外の信号機がネオンのように紅く光る。

 

icon_suehiro「終戦後に法律が決まってキャバレーじゃなりたたんってので、食堂に変えたんだって。『銀河』って名前は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から取ったらしいよ」

 

この店の話を中心として、ひとつ、またひとつと昔へと遡っていく。もちろんそこでは私自身は生まれておらず、全く知らない世界なのだけれど、まるでこの銀河食堂に乗って一緒に歴史を巡っていくような不思議な感覚だった。

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icon_suehiro「…だから、キャバレーだったから二階には女の人の亡霊がいっぱいおるんだよなあ」

icon_kanehara「…へ? どうしたんですか急に? 亡霊??」

icon_suehiro「うん、亡霊

 

銀河食堂の旅は、さらに思いもよらぬ方へと進んで行く。

 

icon_kanehara「…えっ? 亡霊? 本当にいるんですか?」

icon_suehiroいるよ

icon_kanehara「もしかして見えるんですか?」

icon_suehiro見えるよ

icon_kaneharaえーこっわ!!!こっわ!

icon_suehiro「こわくないよ。だって、キャバレーで働いていた、かわいそうな女の人ばっかりだもの。仲良くしたら大丈夫なんだよ」

icon_kanehara「そういうもんですかねぇ…」

icon_suehiro「良いもんだよお化けも。独り身だから、寂しくないしね」

 

そんな風に末廣さんは笑いながら言う。どこからどこまで本当のことなのか。硫化鉄鉱も片上鉄道も千人針もキャバレーも、これまで話してきたことは全部本当のことだろうけど。

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icon_kanehara「それって、どんな女の人なんですか?」

icon_suehiro「…もう食べた? もう帰るんでしょ?」

icon_kanehara「あ、はい、ご馳走様でした。まあそうですね、帰ります」

icon_suehiro「外に出て、駅がどっちにあったか教えてあげるよ」

 

うまく誤魔化された気も、しなくもない。

 

 

銀河食堂の今とこれから

 

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icon_suehiro「で、あっちが駅だったわけ」

icon_kanehara「なるほど…」

 

最後に話を聞いた「亡霊」の存在が気になってしょうがない私は、チラチラと銀河食堂を振り返りながら、気もそぞろに頷いた。

 

icon_suehiro「…あんたは幸せそうだねぇ」

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icon_kanehara「そう見えます? 幸せばっかり、じゃないですけどね」

icon_suehiro「大変なんだよなぁ、店を続けるのって。独り身だし、跡取りもいないし。毎日が、自分が今までの人生でやったことの罪滅ぼしっていうか、罪償いみたいなかんじよ」

icon_kanehara「…大変ですね」

icon_suehiro「お客さんとかはみんな辞めないでっていうけど。正直、どうなるか分からないね」

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icon_suehiro「最近じゃ自分探しをしていてな。昼間に草刈りを手伝ってるんだ。なぁんでタダでこんなしんどい思いをしないといけないんだろうって、思ったりもするけど」

icon_kanehara「ええ、ちゃんとお金もらったほうがいいですよ」

icon_suehiro「違うんだ、お金をもらうとアルバイトになるから、ボランティアとして手伝ってるんだ。しんどいけど息抜きになるから良いんだよ」

icon_kanehara「そんなもんですか」

icon_suehiro「シワが増えてきたらさ、いろいろあるのよ。迷うこととかさ、いろいろ」

 

キャバレー、駅前食堂と、長い間形を変えて巡ってきた銀河食堂。

沢山の人が訪れ出会いと別れが詰まった83年の歴史は、まるでおとぎ話のようだった。

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夕暮れの光に紅く照らされるぼろぼろの銀河食堂の姿もまた、おとぎ話の延長のようだった。

 

『ほんとうの幸いは一体何だろう』(銀河鉄道の夜 より)

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銀河食堂という物語の続きは一体どうなるのか。それは誰にも分からず、店主にさえもまだ分からず、探し続ける旅の途中のようだった。

 

 

 

※追記

「やっと記事が完成しましたので送付します」とリリース後に店主に電話したところ、私が訪れた数日後に諸事情により閉店したという事実を知らされました。

銀河食堂の物語は、誰に知られることもなくヒッソリと幕を閉じたのです。

消えゆく光は惜しくもありますが、物語の最後の聞き手になれたことに不思議な縁を感じずにいられません。

末廣様、お話を聞かせてくださりありがとうございました。そして銀河食堂、長い間お疲れ様でした。