ゆるがしこい節約メディア「ゆるぢえさん」

ゆるぢえさんでは、「節約術」を
楽しみながら身につけ、
生活の質を
高められるコンテンツをお届けします。

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はじめまして。にしね・ザ・タイガーと申します。直視されるのが苦手な、大阪のピン芸人です。というのも、芸人になる前に、対人恐怖症で引きこもっていた過去があります。

そもそも、幼少期から「人の気持ちがわからない」と悩んできました。中学生になるとどんどんエスカレートして、自分だけが人の気持ちを理解できず、自分の気持ちだけが周囲から見透かされていると感じるようになりました。

そして、ついに人との接し方がまったくわからなくなり、孤独な高校生活へ突入。人と関わりたくない。でも、友達がいないこともバレないようにしたい。そんな矛盾した気持ちを抱えながら、休み時間はいつも独りでトイレにこもって時間をつぶしていました。そんなこんなで高校生活は長く続かず、なんと1週間で退学。そのまま、引きこもることになります。今思えば、人の気持ちなんて誰にも分かるわけないのに、そんなことを真剣に悩んでいたなんてバカですよね。

料理マンガを読んで空腹をごまかせるようになる

16歳の春、自宅の自室での引きこもり生活を開始。

引きこもりを始めた当初は考えごとが止まらなくなり、部屋を真っ暗にしてじーっとひたすら思考を繰りひろげる日々。昼夜の感覚はなくなっていきました。きっと、家の電気代は大きく削減されたに違いありません。

家族とも目を合わせることはなくなりました。もちろん、一家団欒の食卓にも参加しません。ただ、食事をとらないと生きてはいけません。そこで、家族が食卓にいないときに冷蔵庫へダッシュし、食べられそうなものを部屋に運んで食べていました。

運悪く、家族がずっとキッチンにいる日は食事をとりません。そんなときは「美味しんぼ」や「将太の寿司」、「包丁人味平」などを読みます。そして、いつのまにか、料理マンガを見るだけで空腹をごまかせるようになってしまいました。きっと、家の食費は大きく削減されたに違いありません。

リアル俺のペナント~プロ野球選手の20年間になりきる妄想ごっこ~

引きこもり生活のときに書きためた野球のスコアブック

こう考えてみると、引きこもりって効果的な節約術なんじゃないか。そんな気がしないでもありませんね。実際、引きこもりという制約された環境においても十分に楽しむことはできました。

たとえば僕は今、阪神ファン芸人として活動しているのですが、そのベースは引きこもり時代に築かれています。というのも、自分がプロ野球選手になる「妄想ごっこ」に夢中になっていたんです。18歳で入団し、38歳で引退するまでの20年間の生き様を緻密に練りあげ、妄想していました。

当時、妄想していたストーリーも書いておきますので、興味のある方はお読みください。

まったく注目されていなかった高校に突然現れたバッテリーが夏の高校野球で全国制覇。そのピッチャーがにしね(自分)という設定でスタート。8球団からドラフト指名を受け、星野監督が引き当てた交渉権により、念願の阪神タイガースへドラフト1位で入団。ちなみにドラフト2位は、高校時代にバッテリーを組んでいたキャッチャーの浅井。プロ初登板で完全試合という前人未到の偉業を達成。もちろん、このときのキャッチャーも浅井。浅井もこの試合でサイクルヒットを打つ。にしねもピッチャーでありながらバッティングセンス抜群、二刀流選手として初打席には満塁ホームランを放つ快挙。結果、1年目にして33勝無敗を達成。防御率は0.08。ちなみに浅井は首位打者、ホームラン王、打点王の三冠王に輝く。テレビのオファーも殺到し、オフシーズンには「関口宏の東京フレンドパーク」に出演。ホンジャマカとエアホッケー対決をし、完封勝ちをする。2年目にして早くも年俸は1億円に。にしねはプロ5年間で投手として四冠王(最高勝率、最多勝、最多奪三振、最優秀防御率)を5年連続達成し、浅井は5年連続で三冠王に輝き、二人はメジャーを目指す。ただし、メジャー行きは阪神タイガースという球団のすごさを世界へ知らしめるためであり、メジャー契約は1年のみで、その後は日本に帰国。再度、阪神タイガースの選手として活躍するのが狙いだった。阪神タイガースも1年のみのメジャー移籍ならばということで承諾。二人は晴れて同じア・リーグチームのメジャーリーガーになる。にしねはア・リーグで日本と同じく投手四冠王に。浅井も三冠王に輝き、チームはワールドチャンピオンに輝いた。日本に帰国する予定だった二人だが、メジャー制覇の夢が生まれ、ナ・リーグでもう1年挑戦しようと決意することに。結果、ナ・リーグでもにしねは四冠王、浅井は三冠王に。そして、ワールドチャンピオンにも輝き、見事メジャーを制覇した。そしてプロ8年目の26歳で帰国。阪神タイガースに再び入団。帰国後もブランクはなく・・・



<編集部よりお知らせ>
ごめんなさい。このあとも妄想が果てしなく続くため、割愛させていただきました。


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もちろん、脳内の妄想だけではなく、素振りにシャドーピッチングにと、毎日のトレーニングもストイックに欠かしませんでした

・素振り:1日に50回
・シャドーピッチング(サイドスロー):1日に50回
・シャドーピッチング(トルネード投法):1日に50回
・腕立て伏せ:1日に100回
・腹筋:1日に100回
・背筋:1日に100回
・スコアノートの記録と分析
・効果的なアイシングの練習
・ファンへのサインの練習・・・



<編集部よりお知らせ>
ごめんなさい。このあとも妄想が本当に果てしなく続くため、割愛させていただきました。


引きこもり生活が僕に教えてくれた最大の節約術

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なんだか引きこもり生活を満喫しているようですが、やはり地獄は地獄です。引きこもりをはじめて8か月が過ぎた頃には「この先どうやって生きていけばいいのか」と大きな不安に襲われ、「いっそ、死んでしまおうか」と思うまで追いつめられました。

そんなときに「死ぬくらいなら芸人になってみよう」と思いたつことに。というもの、もともとお笑い芸人への憧れがあり、引きこもりの中での唯一の楽しみがダウンタウンさんが出演する番組「WORLD DOWNTOWN」だったんです。この番組のおかげで生き延びることができていたといっても過言ではありません。そこで、自分を救ってくれた「お笑い」に恩返ししたいという気持ちが芽生え、お笑い芸人を目指すことにしました。早速、松竹芸能のお笑い養成所に応募書類を送り、無事に合格。わずか8か月と、他の方からすれば短期間ではありますが、僕の引きこもり生活はこうして幕を閉じることになりました。

ただ、芸人になった以上、人と接しなければいけません。でも、もともと対人恐怖症で引きこもっていたわけですから、もちろん喋ることすらできないんです。

そんなあるとき、先輩のラジオに出させてもらう機会があったのですが、案の定、僕は一言も喋れませんでした。そしたらパーソナリティーの方がエンディングで「お前、ラジオやのに一言も喋ってないやん、おもろいな」とおっしゃってくれ、その番組のレギュラーに抜擢されることに。自分の短所が長所に変わった瞬間でした。

それ以来、「人と話さない」という短所をとことん追求してやろうと思うことに。喋ることをとことん控えたネタを考えるようになり、今は小学校時代に使っていたピアニカで漫談芸をやり、舞台に立っています。

自分の短所をそのまま生かす。そうすれば、短所を直すための苦労も時間も節約できる。これこそが、引きこもり生活が僕に教えてくれた最大の節約術なのかもしれません。

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